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東京高等裁判所 平成9年(行コ)205号 判決 1998年11月12日

控訴人

千葉地方法務局富津出張所登記官

岡本元子

右指定代理人

前澤功

外三名

被控訴人

山田政子

右訴訟代理人弁護士

髙綱剛

小川彰

島崎克美

齋藤和紀

山村清治

同復代理人弁護士

藤岡園子

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

主文と同旨

第二  事案の概要

一  本件は、他の共同相続人からその相続分の贈与を受けた共同相続人の一人である被控訴人が、相続財産である原判決別紙物件目録記載の農地について、相続分の贈与を原因とする持分全部移転登記申請(原判決にいう「本件登記申請」)をしたのに対し、千葉地方法務局富津出張所登記官がこれを却下する旨の決定をしたので、その処分の取消を求めている事案である。原審は、被控訴人の請求を認容した。

二  当事者間に争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実は、原判決において「争いがない事実等」として摘示された事実(原判決四頁一行目から六頁六行目まで)のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決五頁七行目から八行目の「冨津」を「富津」に改め、同頁一〇行目末尾に「被控訴人は、本件登記申請に当たり、農地法三条一項の許可を証する許可書を提出しなかった。」を加える。

三  本件の争点は、本件登記申請に当たり、農地法三条一項所定の農業委員会の許可又は県知事の許可(原判決にいう「農地法三条の許可」)を証する許可書の提出が必要であるか否かであり、これについての当事者双方の主張の概要は、原判決において「当事者の主張」として摘示された事実(原判決六頁七行目から一四頁七行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

第三  争点に対する判断

一  相続、相続後の相続分の譲渡及び遺産分割に伴う相続財産に関する登記手続一般並びに相続財産中に農地が含まれている場合の問題点については、原判決説示(原判決一四頁九行目から二五頁一〇行目まで)のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決一七頁四行目の「(そもそも」から六行目の「疑問なしとしない。)」までを削り、一八頁一〇行目の「再び」から「至ることとなろう」までを「相続開始の時に遡り、放棄をした共同相続人の法定相続分について、自己の法定相続分の割合による相続分を有しているということになる」に改める。

二 そこで、相続財産中に農地がある場合に相続分を譲渡するためには農地法三条の許可を要するかどうかについて検討する。

1 農地法は、農地は耕作者自らが所有することを最も適当であると認めて、耕作者の農地の取得を促進し、その権利を保護して耕作者の地位の安定を図るため、農地の所有権等を移転する場合には、農地法三条の許可を要するものと定めており、農地の所有権等の移転を目的とする法律関係は、同法三条一項ただし書に定める除外事由に該当する場合を除き、その許可を条件として右移転の効力を生ずることになる。

2 相続分の譲渡は、引用した原判決説示のとおり、相続財産に対する包括的な持分(相続財産に関する債権債務を含む相続人としての地位)を一括して譲渡するものであって、個々の相続財産に対する共有持分の個別譲渡とは区分されるが、その目的及び効果を見るかぎり、相続財産を構成する個々の財産に対する共有持分の移転を内包する財産権に関する行為であって、農地法三条一項に定める農地の所有権等の移転を目的とする法律関係に該当するものと解するのが相当である。この場合に、その譲渡が共同相続人間で行われたかどうかによって取扱を異にする余地のないことは言うまでもない。

したがって、相続分の譲渡をするに当たり、相続財産中に農地を含む場合には、農地法三条一項ただし書所定の除外事由がない限り、農地法三条の許可がなければ、その農地に関する限り相続分の譲渡の効果を生じないと解すべきこととなる。ところが、相続分の譲渡を右除外事由と定める規定は存在しないから、原則どおり、相続分の譲渡によって相続財産に属する農地に対する共有持分の移転の効果を発生させるためには、農地法三条の許可を要するものというべきであり、本件登記申請に当たっては、これを証する許可書(不動産登記法三五条一項四号)の提出を要するものといわなければならない。

これに対し、被控訴人は、共同相続人間の相続分の譲渡については、個々の農地に対する共有持分権の移転を生ぜしめるものではなく、かつ、農地法三条一項の趣旨にも反しないから、農地法三条の許可は不用であると主張するが、相続分の譲渡が、農地法三条一項に定める法律関係に該当するものであって、共同相続人間で行われたかどうかによってその取扱を異にする余地がないと解すべきことは前記のとおりであり、そうであれば、同項ただし書に定める除外事由がない限りは、それが共同相続人間で行われるかどうかにかかわらず、同条所定の許可がなければ所有権移転等の効力を生じないと解すべきものである。

3 次に、被控訴人は、相続分の譲渡が、農地法三条一項七号に定める除外事由の一である遺産分割の前提として行われることを挙げて、農地法三条の許可を要しないと主張する。なるほど、共同相続人間における相続分の譲渡が、遺産分割の前提として行われることが多いであろうことは容易に想到しうるところではあるが、相続分の譲渡後に遺産分割が常に行われるというわけではないし、また、遺産分割とは無関係に相続分の譲渡が行われることも有り得ないわけではないことから考えると、被控訴人の右主張は採用することができない。また、遺産分割は、相続人全員の協議によって相続財産の帰属を決定し、その効果は相続開始の時に遡るものであるのに対し、相続分の譲渡は、相続開始後に、一部の相続人のみによって行うことができ、その効果も当然には相続開始の時に遡るわけではないなど、遺産分割と相続分の譲渡は、その主体及び効果を異にするものであるから、遺産分割が実質的には共同相続人において相続財産を構成する個々の財産について有していた共有持分を互いに移転し合うという側面があることを考慮しても、遺産分割に関する右除外規定を共同相続人間における相続分の譲渡の場合に類推適用することはできない。なお、相続分の譲渡が遺産分割の前提行為ないし先行行為としてされるため、それを有効とすることによって遺産分割の円滑な進行を期待し得る場合があるとか、相続分の譲渡について農地法三条の許可を要しないとしても、遺産分割について農地法三条の許可を要しないとした以上に弊害を生ずるおそれがないという原判決の指摘する点は、農地法三条の許可を不要とする除外事由を立法する際の理由とはなっても、その除外事由として定められた同条一項ただし書の解釈を直接基礎付けるものということはできない。

また、被控訴人は、農地法三条一項一〇号、農地法施行規則三条五号に定める除外事由の一である包括遺贈の場合と対比しても、相続分の譲渡には農地法三条の許可を要しないものと解すべきであると主張する。しかしながら、包括遺贈は、被相続人が受遺者に対し包括的割合により相続財産を遺贈するものであって、その効果は相続開始の時に生じるものであるから、農地法三条の許可の要否については、同条一項に定める法律関係に当たらないため農地法三条の許可を要しないと解される相続の場合に準じて取り扱うことが相当であると考えられるのに対し、相続分の譲渡は、前記のとおり、それとは全く異なり、一部の相続人のみによって行うことのできる法律関係でその効果も当然には相続開始の時に遡るものではない。こうした事情に照らすと、共同相続人間における相続分の譲渡について、包括遺贈を除外事由と定めた前記規定を類推適用する余地はない。

4  なお、登記実務において、共同相続人間で相続分の譲渡がされた場合、相続財産を構成する農地について未だその所有名義が被相続人に残っている場合には、農地法三条の許可書の提出を求めることなく、当該農地について相続を原因とする被相続人から共同相続人(相続分の譲渡人を除く。)への直接の所有権移転登記をすることが認められている(甲八)。右取扱は、不動産登記法三五条一項四号が、登記原因について第三者の許可を要するときはこれを証する書面の提出を要するものとしているところ、右の場合は、登記原因である相続については第三者の許可を要するときには当たらないことを理由に農地法三条の許可書の提出を求めないのに対し、本件のように登記原因である相続分の譲渡については第三者の許可を要するときに当たるから、これとは同列には取り扱うことができないという解釈に基づくもののようである(乙二)。登記実務における右取扱が、不動産登記法に定める登記原因の解釈として相当であるか、さらには、物権変動の過程を可能な限り正確に公示する機能を果たすことが期待されている不動産登記について、実体法で物権変動の効力要件であることが明記されている第三者の許可という要件について、実際には形式審査が容易であるにもかかわらず、登記申請書とともに提出する書類の要否という形式的理由からその証明書の提出を要しないものとし、その結果実体法上はいまだ物権変動が生じていることが形式的にも明らかにされたとはいえない資料(譲渡当事者間における契約書など)だけで、その物権変動が確定的に生じたことを公示する登記の経由を許容するという実務上の取扱が妥当であるかについては議論の余地がないとはいい難い。

しかし、右のような取扱は、形式的には不動産登記法の規定に準拠するものであって本件のようにすでに相続人による相続登記が経由された場合には、形式的にもこれに従う余地はないから、その取扱が理由のない不平等なものということはできない。したがって、登記実務において右のような取扱が行われているからといって、これとは事案を異にする本件登記申請について、実体法上、農地法三条の許可が必要であるため、手続法上、不動産登記法に規定する許可書の提出が必要であるにもかかわらず、その提出を要しない取扱をすることができると解する余地はない。

三  以上によれば、農地法三条の許可書を提出せずにした被控訴人の本件登記申請は不適法であるから、千葉地方法務局富津出張所登記官がこれを却下した処分に違法はなく、その取消を求める被控訴人の本件請求は理由がない。よって、これと結論を異にする原判決を取り消して被控訴人の請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官奥山興悦 裁判官杉山正己 裁判官佐藤陽一)

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